大学生活最後の思い出作りも兼ねて、鈴木と高橋はお互いが好きなバンドのライブに行く約束をしている。
四年にわたる大学生活で何度も訪れた思い入れのある場所。そのライブハウスで、ちょうど二日続けてそれぞれが好きなバンドのワンマンライブが開催されると知ったのが半年前。運良くどちらのチケットも先行抽選に当選したという通知を受け取ったのが三ヶ月前。それからずっと、ライブ当日が来るのを楽しみにしていた。
ライブという非日常空間を楽しむためには、まず、日常空間をしっかりと生きていなければならない。だから、先々にライブの予定があるとないとでは、日常生活にも大きな影響を及ぼす。少し物足りない日常でも、それをしっかりと積み重ねてさえいれば、すべてがライブで味わう感動に結びつく。バイト終わりのビールと一緒だ。だから、ライブ開始直前に照明が落ちると、いつもその瞬間、自分はちゃんと日常を生きていたんだとしみじみする。
いよいよライブ当日、二人は会場の最寄り駅で待ち合わせた。来月には社会人になるというのに相変わらずへらへらと締まりのない互いの顔を見ているだけで、やけに気持ちが落ち着いた。一日目に行ったライブで、鈴木が好きなバンドはライブ本編が終わってもアンコールをやらなかった。ライブ自体はとても良かっただけに、高橋はその事がどうしても気に入らなかった。でも、鈴木はそれが良いと言う。もうアンコールはしない。予定調和で決まりきった、お中元やお歳暮みたいなやり取りはダサい。そのバンドのボーカルは、過去に何かのインタビューでそう言ったのだそうだ。
二日目に行ったライブで、高橋が好きなバンドはアンコールをやった。ライブ本編が終わり、フロア中に手拍子が鳴り響く。まだ照明が薄暗いままだから、初めからバンド側にアンコールの意思があるのは明らかだ。それなのに何も疑わず真っ直ぐに手拍子を送る観客を見ていると、人いきれが一段と鈴木の鼻についた。仕方なく、鈴木も高橋の横で一緒になって手を叩く。いかにもそれらしく照明がついて、観客の手拍子はさらに強くなる。それからメンバーが出てきて、二曲演奏した。二曲とも本編ではやらなかったそのバンドの代表曲で、鈴木も好きな曲だった。
「このバンドを少しでも長く見てられるなら、予定調和でもなんでもいいよ」
ステージ袖にはけていくバンドメンバーの背中にぶつけるみたいに、泣きそうな顔の高橋が言った。家に帰っても、その顔だけが、いつまでも鈴木の中に残っていた。
社会人になって初めての夏、高橋から鈴木にお中元が届いた。
箱の中で銀色に光る大量のアサヒスーパードライを眺める。お礼のメッセージを送るとすぐに返信があった。
「社会人になってもよろしく。もう大人なんだし、これからはドライな関係でいきましょう」
鈴木は、箱から一本取り出したスーパードライをまだぬるいままで飲んだ。
いつもより濃いビールの味が舌の上にいつまでも残る。
そして、もう社会人なんだし、予定調和も悪くないなと思った。
この瞬間がたまらない。