39年ぶりの恩師との再会
以前、私の出身中学、高校についてブログに記述いたしましたが、今回はとうとう小学校の話題になってしまいました。と言うのも先日、ハピ研の事務所に私の小学校の恩師が来られました。突然の訪問にたいへんびっくりしまたが、それ以上に胸が熱くなるような大きな感動を受けました。
私が小学校の5年、6年の担任だった先生で、小学校の卒業以来の対面です。卒業後、年賀状のやりとりは続いていたので、お住まいが渋谷区神宮前で南青山のご近所ということは存じておりましたが、こんな形でお会いできるとは夢にも思っておりませんでした。
先生は、70歳になられておりましたが、39年前のスポーツ刈りで明るく男らしいイメージは全く変わっておりませんでした。広尾病院に通われる途中に私の勤務する事務所があったのを思い出され、お寄りしていただいたとのことでした。昔の教え子とは言え、会いに来ていただいた行動力にも感謝です。
先生は、私が小学校を卒業したと同時に「青年の家」に勤務されました。小学校の卒業生としては私達の代が最後ということもあって、私達の中学の入学式と卒業式には仕事の合間を縫って来られ、陰から見守っておられたことを伺い、目頭が熱くなるのを感じました。その後教職に復帰され最後は校長になられ定年を迎えられたとのことでした。
私が当社へ入社して10年間、毎年試飲用にビール券を1枚、友人、知人に贈っていましたが、その当時のことをしきりにお礼を言われ、アルコールは体質的に受け付けないが、サイダーをいつも愛飲していたよとおっしゃっておられました。当時私は、当社のファン作りのために自分の出来ることは何でもやってみようと思って行なっていたことの一つですが、こんなに喜んでいただけ「贈ってよかったな」とほっとした気分になりました。これを機会に、私の小学校のクラスメイトを集めて、先生との食事会を是非やりましょうと約束を交わし、わずか20分ほどでしたが先生は病院に向かわれました。
早速、帰宅後押入れの奥をゴソゴソしながら昔のアルバムを探していると、やっと見つけました。「渋谷区立笹塚小学校昭和44年卒業アルバム」最初の頁だけが、学校全体をカラー写真で撮られており、他の頁はすべて黒白写真。当時は、まだカラー写真が広く普及されていなかったことが窺えます。久々に見る同級生や先生方は、今でもそのままの姿でどこかにいるような気がしてしまいます。今日お会いした恩師も、もっと背が高いと思っていましたが、それは当時小学生だった私から見れば当然のことです。
私のクラスである6年3組を見ると、幸いながら年賀状だけのお付き合いの人が1名、中学校の同窓会で会った方が数名いました。いずれも連絡を取り合ったりしたことは一度もない人ばかりで、果たしてどれくらいの人が集められるか不安です。しかし、わざわざ会いに来ていただいた恩師に対する恩返しのためにも、一人でも多くのクラスメイトを集めて、食事会を開催しようと心に決めました。
(所長)
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